「先生、歩き始めに足のつけ根が痛くて、靴下を履くのもつらいんです……」そう言ってかばうように歩いてきたのは、50代のマタ子さん。長く歩くと股関節の前がズキズキし、あぐらがかきにくくなってきた。若いころに股関節が悪いと言われたこともあるという。この足のつけ根の痛み、鍼灸で楽になるのか?

先生、足のつけ根…太ももの前の付け根が痛くて。
靴下を履こうと足を組むのがつらいんです。

足のつけ根(鼠径部)の痛みで、靴下や足を組む動きがつらい――それは変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)のよくあるパターンだねー。若いころに股関節が悪いと言われたのも関係してるかも。

痛むのは前のつけ根?それともお尻の横のあたり?あと、歩くと体が左右に揺れる感じはある?

前のつけ根が中心で、お尻の横もだるいです。
そういえば最近、歩くとちょっと体が揺れるって言われました…。

なるほどねー。お尻の横の中殿筋という筋肉が弱ると、歩くとき体が左右に揺れるんだ。股関節の動きも見てみようねー。


あお向けで、膝を曲げて足を組むように外へ開くよー。(そーっ)鼠径部にくる?それから内側にひねる動きも見るねー。

イタッ、つけ根に響きます!
内側にひねると、あまり動かないし痛いです…。

パトリックテスト陽性と、内旋・外転の制限だねー。股関節由来で間違いなさそう。中殿筋のケアと強化がカギになるよ!
変形性股関節症って何が起きてるの?
正体:変形性股関節症は、太ももの付け根の股関節で軟骨がすり減り、関節が変形して痛みや動きの制限が出る病気です。日本では、子どものころの股関節の育ちが不十分だった(発育性股関節形成不全など)背景がある中高年の女性に多く見られます(二次性)。鼠径部(足のつけ根)の痛み、立ち上がり・歩き始め・長く歩いたときの痛み、あぐらや靴下を履く動作のつらさが特徴です。
関わる筋肉:股関節を安定させる中殿筋や、股関節を曲げる腸腰筋、お尻や太ももの筋肉。とくに中殿筋が弱ると、歩くときに骨盤が傾いて体が左右に揺れる「トレンデレンブルグ徴候」が出ます。
股関節を支える筋肉(起始・停止・作用・支配神経)
中殿筋:起始=腸骨翼の外面/停止=大腿骨の大転子/作用=股関節の外転、立っているときに骨盤を水平に保つ/支配神経=上殿神経(L4〜S1)。歩行の安定にとても重要な筋です。
腸腰筋(大腰筋+腸骨筋):起始=大腰筋は腰椎の椎体・肋骨突起、腸骨筋は腸骨窩/停止=大腿骨の小転子/作用=股関節の屈曲(太ももを上げる)/支配神経=大腰筋は腰神経叢の枝、腸骨筋は大腿神経。硬くなると股関節前面の痛みや動きの制限につながります。
診かた・注意サイン
パトリックテスト:あお向けで膝を曲げ、足を反対の膝にのせるように股関節を曲げ・開き・外にひねります。鼠径部に痛みが出れば股関節由来を疑います。
可動域・歩き方:内旋(内側へのひねり)や外転の制限、歩行時の体の揺れ(トレンデレンブルグ)を確認します。
受診のめやす:強い変形、脚の長さの差、夜間もうずく痛み、歩行が大きく制限される場合は、整形外科での画像評価(進行例では人工股関節など)が必要です。鍼灸は痛みの緩和と筋のサポートとして併用すると効果的です。
鍼とお灸はなぜ効く?
鍼のしくみ:中殿筋や腸腰筋、殿部・股関節まわりのトリガーポイントに鍼をすると、こり固まった筋の緊張がゆるみ血流が回復して、股関節の動きと痛みが改善します。鎮痛は「ゲートコントロール説」=太い神経への刺激が脊髄で痛みの信号を抑えます。周囲の筋のバランスが整うと関節への負担も軽くなります。
お灸と運動療法:お灸の温熱で股関節まわりを温め血流を促進。あわせて、横向きで脚を上げる中殿筋の運動や、股関節の可動域運動が進行予防に有効です。体重管理、必要に応じた杖の使用も関節の負担を減らします。
東洋医学でみる股関節の痛み
病態:東洋医学では、加齢で肝腎が不足して筋骨を養えなくなり(肝腎不足)、そこに気血の滞りや、風・寒・湿の邪が加わる「痺証(ひしょう)」で、股関節が痛み動きにくくなると考えます。股関節の外側〜お尻には足の少陽胆経や足の太陽膀胱経が走ります。
治法:補肝腎・舒筋活絡・散寒除湿(肝腎を補い、筋を緩め経絡を通し、冷えと湿を取り除く)。
選穴:環跳(胆経・股関節痛の代表穴)、居髎(胆経)、秩辺(膀胱経)、陽陵泉(胆経・筋会)、足三里(胃経)、圧痛のある阿是穴。局所・経絡・体質の三方向から整えます。


お尻の環跳・居髎、中殿筋のこりに鍼をするよー。前の腸腰筋もゆるめようねー。お灸で温めて、おうちでは横向きで脚を上げる運動を毎日ね。焦らずいこう!
一週間後・・・
一週間後、マタ子さんは前より楽そうな足取りで入ってきた。

先生、靴下を履くのが少し楽になりました!
お尻の運動、続けてみます。

いいねー!変形性股関節症は、筋肉を守りながら上手につきあう病気。温めと運動を続けて、痛みが強い日は無理せずおいでー。一緒にケアしていこうねー。
変形性股関節症のまとめ
変形性股関節症は、股関節の軟骨がすり減り、痛みや動きの制限が出る病気です。鼠径部(足のつけ根)の痛み、立ち上がりや歩き始めのつらさ、あぐらや靴下を履く動作の困難が典型。中殿筋の弱化による歩行時の体の揺れ(トレンデレンブルグ徴候)も見られます。強い変形や脚長差、夜間痛があるときは整形外科での評価が必要です。
施術では中殿筋・腸腰筋・殿部のトリガーポイントへの鍼で緊張をゆるめ(ゲートコントロール説)、お灸の温熱で血流を促します。東洋医学では「肝腎不足+痺証」ととらえ、環跳・居髎・陽陵泉・足三里などで補肝腎・舒筋活絡。あわせて中殿筋を鍛える運動と体重管理が進行予防のカギです。西洋と東洋の両面から、つらい股関節の痛みと上手につきあっていきましょう。
参考文献
本記事は、はり師・きゅう師国家試験の指定教科書をもとに、鍼灸師である運営者が作成しています。
- 公益社団法人東洋療法学校協会 編『解剖学 第2版』医道の日本社
- 公益社団法人東洋療法学校協会 編『臨床医学総論 第2版』医道の日本社
- 公益社団法人東洋療法学校協会 編『臨床医学各論 第2版』医道の日本社
- 公益社団法人東洋療法学校協会 編『新版 経絡経穴概論 第2版』医道の日本社
- 公益社団法人東洋療法学校協会 編『はりきゅう理論 第3版』医道の日本社
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。症状が続く場合や強い痛み・しびれがある場合は、医療機関にご相談ください。


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